gn to t.Y. 覚え書き

gn to t.Y.

覚え書き

仮題: welfare, warfare とか 4

【4回目】

tY: 箱を探す。

------------------------------

 ・・・・・・・・・

 アユムはいった――「しかし、ボクはほんとうにボクが愛しているたった独りの女性――二十年も会っていないのか――といっしょになることができたとしても、ボクは彼女に何もしなかっただろう。たとえ二人きりの部屋で寝ていたとしても何もすることはなかっただろう。ボクは彼女のことを考えるだけだった。ほんの少し手を伸ばせば触れることのできる場所にいても同じことだ」

 ゼンジは首を振った。アユムはいう――

「きみもきっと同じはずだ。愛する人のことを思う――何の行為も発生しないのだ。見る? 触る?――どちらでもない。きみは何をしようともせずにただ彼女のことを思うだけじゃないか?」

 アユムはゼンジにいった

「さあ、そろそろほんとうのことを話そうじゃないか」

 ゼンジはいう――「わたしはいつもほんとうのことを話してますよ。ただ、あまりにもプライベートすぎて、証明できないことが多すぎるんです」

「そうだろうね、人に説明するには難しすぎるんだ。誰もわかっちゃくれないだろう。かけないか――」アユムは病室の隅にあるパイプイスを指差した。そして、「また本を置いていったな」

 病室のパイプイスの上に本が置かれていた。ゼンジはその本を取り上げると表紙を眺めた。それは看護婦――白い制服を着た――が読んでいた本だった。

 それか――彼女は繰り返し読んでいる。よほど好きらしい。正直いってボクは大きらいなんだ。すべての常識は『自由』のもとで消え去ってしまった。言論の自由を語るにはあまりにもセンスがなさすぎる――ボクは悲しい」

 女優である彼女は、華やかな仕事というステージに相応した結婚をし、そして離別した。夫の麻薬癖が原因だ。彼女のお腹には赤ん坊がいた。しだいに大きくなるお腹に、彼女の女優生命が脅かされる――しかし彼女は子供を産むことに決める。大衆は彼女を讃えた――夫もいなく母親だけの家庭を自ら選んだ。それは新しい女性の象徴ともされた。

 男の子を産んだ女優は、一年のブランクの後、奇跡的にカムバックを果たす。彼女には幾度もの(これらはまるで創られたようだった!)女優生命危機を体験する。彼女の華やかな生活の裏で、息子の放蕩ぶりは有名な話し草となっていた。息子は二十二歳になったころ完全に薬物依存症になっていた。彼はいっしょに寝ていた恋人とウワサされる女性の時間を包丁により放棄させてしまった。それは彼女が本に書いた最後の女優生命危機だった。本は彼女が息子を更生させる決意で終わる。最後のページを飾るものは産まれたばかりの息子を抱いた女優の写真と『何度でもやり直してみせる』という言葉。

 その後、彼女――女優はどうなったか? クスリでラリったこりない息子に犯され、背中を殴打されて半身不随になった。

 女優は息子に犯されたとはいわなかった。しかし息子はそれを強制無しにスラスラと自供した。彼はこういった――

〈愛していたら性交してもいいんでしょ〉

「ボクがおかしいと思うところ――彼女はいったいいくつの生命を有していただろう?」

「ふたつじゃないか?」

「ちがう、厳密にいえば三つだ。彼女自身、そしてお腹の子供――それから女優生命だ。ボクは彼女の女優を生命とする考えが解せない」

「そうした比喩はよくあることですよ。仕事生命とか、役者生命だとか――」

「いや、おかしい。絶対おかしい。なにか混同している――へんだ」

「それは生きるために仕事をしているということなんですよ。彼女の能力や嗜好にもよるでしょう――彼女は女優以外に他の仕事が考えられない。そして仕事をしなければどうなります? 生きてはいけない。生きて行けたとしてもそのままの暮らしを維持することはできない。だから彼女がいう女優生命というのは自身の生命と同じことなんです」

 アユムがため息をついた。そしていった――

「きみ、ボクのおかしいところがわかりましたか?」

 ゼンジは応えない。おかしいと思えばすべてがおかしいからだ。

「ボクには仕事と生命の関係がわからないのです。ボクは生命についてそのイメージはうっすらとわかっているつもりです。そしてもっともかんじんなことは、その生命を誰もよみがえらせたり造り出したり、まったく同じもの――性格から何から――を再生することができない――それだからというわけではないが、絶対的に貴重であるということを。そして神が創りだしたという言葉にも喜んでうなずきましょう

 しかし、なぜ仕事が生命になってしまうのか――ボクはただ生きてきた――それだけだ」

「そこがあなたの偉大とされるところではないですか? あなたは今まで福祉やボランティア活動にその身を捧げてきた――あなたはそれを仕事だと考えていないだけの話し――それだけだ」

「しかし、ボクはほんとうに仕事をしていない。確かに誰かを助けてきたかもしれない――だがボクはずーっと人に助けられてきた――ヒデコさんにトキエさん――トキエさんはもういない、彼女はハコダテで港に墜ちた――酔客といっしょに。しかし酔客は今でも――たぶん生きている――けれど――大事な事実、それはもうボクを養ってくれたトキエさんはいないということだ!」

 ゼンジがいった――「あなたが今でも愛している人はトキエさんというのか?」

 アユムが応える――「ちがう、トキエさんはボクを養ってくれた女性だ。そして唯一ボクに会いたがってくれた女性だった。ただ独りのね――彼女がいたからボクは生きることができた、彼女のおかげでボクは公園の掃除や、老人の世話ができたのだ。彼女はボクが働かないことを何一つ責めなかった」

「それじゃあ、福祉の仕事をはじめたのは彼女の影響だったんですか?」

「はは・・ちがう。前にもいっただろう?――その人とは二十年も会っていない」

 アユムは咳払いをした。そしてまた口を開く、

「ゼンジ、例えばこういう話しがある

 ある世界にPKという作家がいた。彼は自称SF作家で、時間軸や人間の性格をねじ曲げるのがお得意だった。彼の書いた小説は時間が逆戻りしていく世界を書いたものや、無用な戦争と連帯するコミュニティ、偽善国家や未来予知による悲劇を描いたものがある。彼の小説の評判は調子の良いものではなかった。彼はいわゆる『再評価』タイプの作家だったのだ。マニアがマニアを呼び初版本は高値で取り引きされた。昨日三ドルだった古本はたった一日で三千ドルになった。この価値に乗り遅れた店長たちはがっかりしたがあとの祭りだった。結局大きな出版社から豪華ハードカバー装丁で再刊されるのだが、その売れ行きはけっこうなものだった。残された家族たちは今さらながら変わり者の父親に感謝した。ようやく小説家の印税がその家族に与えられるときが来たのだ。正直、その男は家族のやっかいものだった。彼の書いた原稿は出版社に持っていった帰りにはクスリに姿を変えていた。彼は待ちきれず帰りしなのバーで注射を一発。そのまま記憶をなくして家にたどりつくのは三日後だった。そしてまた彼は小説を書きはじめる。彼はこう家族にもらす――〈見つけたのだよ赤い帽子をかぶったペテロを――〉

 こうしてPKの世界は人々の目に触れることになった。

 次に持ち上がったのは映画化の話しだった。複数の映画会社が彼の作品の映画化権を買い取り、その作品に見せられた映画監督の手で映画が作られた――ユートピア、近未来、火星での生活――映画館はこぞってPKの世界を映しだし、そして世界へと広がっていった。どこにいってもPKの世界がある。時間が経過していった――あらゆる小さな変化や人々の心理的変化が積み重なっていった――その結果は大きな進化(もしくは退化)として現れた――世界は二分された。現実の世界と、理想現実としてのPK世界――人々はPK世界の住人となり、快楽を得て現実の世界に放り出されまたもどってくる。

 そして思考はPK世界に支配された。

 アユムはいった、「この話しが何のパロティーかわかるかい」応えないゼンジを見てアユムが言い添えた――「聖書だ。キーはPKが見た赤い帽子をかぶったペテロにある。PKは自らの小説をこのペテロの従って書いた。彼はペテロからキリストの受難と復活、その両方を与えられたんだ。その結果、彼は見事にペテロの依頼に応えた――それが結果だ」

「そんな話しは聞きたくない」ゼンジがいった。「神だとかキリストだとか、それから再臨?――オレには迷惑な話しだ。それを知っても知らなくても生活、いやオレは変わらないからだ。そのモシアズとやらはせいぜい素晴らしい作家で色々な話しをでっち上げている――そう、『でっちあげて』いるが、結局すべてがウソっぱちじゃないか?――特にPK世界?――なぜあなたはペテロやらの名前を引き出してそうした解釈をしようというのか? しょせん小説じゃないか」

 ゼンジの言葉ときおり荒ぶっていた。アユムはゼンジが平静を保とうと努力していることが理解できた。そしてなだめるようにいった。

「そう、しょせん小説だよ。もしかするときみはモシアズを連行しようと考えているかもしれない。あまりに人間の教育上よろしくないウソを流布しているという罪で。でもね、放っておけばたいがいウワサは真実と同じような価値を持ち出す。彼がやろうとしていることは真実を造り出すことだ。きみは長い間あることを信じていた人間がそれをウソだと知らされたとき、彼の時間――信じていた時間が消え去ると思うのかね? 消えない。彼は別な時間にいた。あちらこちらで無数の時間が流れていて、その中に真実はひとつだけある。その見分け方は難解だ――どういうことかわかりますか? 入り組んでいるんだ。ウソを信じ続ける時間の長さによるんだ。すぐにまた元のレールにも戻ることもあれば、乗り続ける場合もある。バイパスだらけの拘束道路――ただし車線はひとつだけだが」

「つまりウソは連行するに値しないってことですね」

「そうはいっていない。きみのいう『ウソ』もあきらかに時間を構成するもののひとつにすぎない」

「それで?」

「時間に組み込まれてしまうあらゆる現象に正当性も、かといって不当性も存在しないということだな」

「だから――結局ウソを――つまりモシアズという人を連行するのはよした方がいいということになる」

 アユムはしかたがないなという体でいった、「そう考えるなら考えてもいい。ボクはきみを批評したり命令する立場にはない。たぶんきみに指示を与える人は別にいるはずだ。そうでしょ?」

「そのとおりとしかいいようがないですね。ボクは雇われ者だ。とりあえずボクの雇い主のいうことはきかなきゃならない」

「別に恥じることはないさ、ボクもかっては企業につかえる身だった」

 アユムは話しを変えた「あなたは色々と便利なものを開発していたらしいですね。人の役に立つものを――」

「役立つものじゃない。イヌのクソだ」

「いいや素晴らしいものです。あなたの経歴に大きく影響していると思うのですが。たとえばオムツとか」

「それ以上口にするのは止めてくれ。ボクは後悔しているんだ」

「あなたが携わったオムツ・ネットワークは今も残っている――『ソシアル・ナッピー・ネットワーク・カンパニー』――これは一大産業だ。すべてのオムツがネットワークで巡らされて、排泄ができない人たちの役に立っているではありませんか」

「ボクはあんなもの身につけない。人の羞恥心を読むだけじゃないか? きみは自分の心理を読まれたいか? 〈ああ、こいつはクソをたれやがった――平気そうな顔をしやがって、ちくしょうくさくてたまらない〉――すべて丸見えだ。自分が素っ裸にされた気分になる――そうは思わないか?」

「でも実際、あなたはそれを開発することに手を貸してきた。これはウソじゃない、真実だ」

「ケツの青い青二才だったわたしが犯してしまった大まちがいだ。止めよう――もうこの話しは止めだ――ね?」アユムは顔を手で覆い隠した。

「わかりました。ただ、そのまちがいがあなたを福祉の、ボランティアの道へと押し出したんでしょうか。つまりその、『懺悔』をするつもりで――」

「そうかもしれない。ボクは働くのがいやになった。ちがうな『いや』になったのではない――無料奉仕が好きな単なるお人好しなんだ。働くことは大いに好きだ。ディンギ抜きで。きっかけはすべてボクが愛した女性だ。でも彼女のせいじゃない。ボクも彼女の道を歩もうと考えた。そうすればまた彼女に会えると。ボクは彼女の会いたいがためにずーっと働き続けた。ただそれだけなのだ

 ボクはひどいものに手を貸した。絶対にあのオムツだけははかない――看護婦がなんといおうとね」

 防諜部に戻ったゼンジは端末の受信状態をチェックした。返信依頼付きの手紙は届いていなかった。ゼンジがいった、

「スタン、いったいどうなっている?」

 スタンは『スタナー』と呼ばれる新しいサブコントラクターの略称である。いつも革手袋をはめている彼は「わたしの身体は電気を発してしまうのです」といった。ゼンジを含めみんなが冗談と考えていたが、それはほんとうのことだった。スタナーは生まれながらの特異体質の持ち主で、幼い頃は微弱だったその能力をマーレー・フラスコ率いる財団の視力矯正実験による副産物として偶然に得てしまった――蓄電池体質に変えられてしまったのである。それ以来、彼はコントロールによる披露から解放されるために革手袋を常にはめるようになった。彼は故郷にいる息子の手も握れない。コントロールを一時的でも忘れた場合、彼が目の前にする端末は一瞬にしてショートした。だがたいがいにおいて誰もそれを知らない――しかしスタンがそれを隠しているわけではない。彼にしてみれば誰もそれをきいてこなかった

 端末のキーを叩いている革手袋に包まれた指先が止まる。スタナーがいった、

「メッセージ、ありますね」

 ゼンジはおや?――という顔をする、「返信依頼付きにメッセージはなかったが」

「いいえ、面会でした。福祉省からです。伝言をたのまれました。これです」そういってスタナーは一枚のメモをゼンジに手渡した。

「スタン、新しい手袋だな」ゼンジはメモを受け取る。

「ええ、薄くなりました。でも前のより絶縁性が高いのです。指が動きやすくてとても便利」

「よかったね」見てくれはまともなんだが手袋がな――ゼンジはそう思いながらメモを見た。

 メモ用紙にはクマの模様がプリントしてあった。テディベアだった。〈連絡ください〉それは福祉省、ナエコさんからのものだった。たぶん患者、アユムのことだろう――ゼンジはそう考えるしかなかった。ナエコさんとの接点は今のところそれだけしかない。彼は福祉省の番号を探し、電話をする。防諜部の電話は見かけこそいくつものボタンが並んでいるが、なかみは旧式で、ボタンを押すたびにそのボタンに従った長さのパルスを送る。ここの設備は下取りにも出せない。帳簿上の減価償却はとっくに終わっている。これが壊れでもしないかぎり取り替えることはないだろう――しかし壊れる様子はなかった。モノを生産するというのは不思議なものだ。買い換えによる需要は企業側が作りだした妄想で、消費者はまんまとその仕掛けに引っかかってしまった。不要品を作り、不要品を売る、不要品を買い、不要品を捨て、また新しい不要品を買う。この電話は未だにここに居座っている――ゼンジはうれしくなった。せめてオレがここにいる間はこの電話を使い続けよう――だがゼンジはしらない。この電話を新型のネットワークに接続するために新しい技術が使われていることを。ゼンジのような人間は精神面で貴重である反面、たいがいの人にとってはやっかいものだった。

〈防諜部のゼンジです〉

〈遅かったわね。伝言を残したのは朝だったのに〉

〈直行していたんです。それでなんでしょう?〉

〈あなたに連絡をするといったら、例の患者のことしかないわ〉

〈彼はたしかにあの病院にいましたよ。とりあえず今までのところのレポートを出します〉

〈レポートね〉ナエコさんの口振りは不満そうだった。ゼンジがいった、

〈ところで、レポートをするといってもわたしから見た彼の様子を羅列するようなものです。ところで、ちょっとわからないことなんですが――いったい彼のどういったところを探ればあなたを満足させるのでしょうか〉

〈今さらそんなことをいっているの? 前はまるで探偵みたいな口をきいていたくせに。まあ、いいわ――わたしの欲しいのは彼の犯罪歴、その有無を確かめてほしいの。彼がボランティア功労者にふさわしい人間であるかを検討したいのよ〉

〈わかりました。今度はそちらに重点をおいて調べます――〉ゼンジは一度言葉を切り、遠慮がちにいった〈経費の方はどちらに請求したらよろしいですか?〉

〈経費はかからないはずよ。移動には公共路線を使っているんでしょ〉

 おっしゃるとおりだった。

〈そうですね、それじゃ〉

〈早く調べておいてね〉

 あの男に犯罪歴などあるわけがないとゼンジは思った。しかし調べなきゃならない。それにしても――

 ナエコさんね――オレがニッポンだったら彼女はアメリカだな。少し態度が高圧的すぎる。それが少し腹を立たせるので彼女を無視したようなしゃべり方をしてしまった。ずいぶん前にオヤジはいっていた〈女はバカで弱いからやさしくしなきゃいかん〉――けれどたぶん彼女はバカじゃない。肉体的には別にしてきっと弱くもない。それだからああいう娘にやさしくする必要はないだろう。かといってぶつなんてのはもってのほかだ。だが、女性からいわれるってのは悪くなかった――じっさい彼女はとてもチャーミングだ。どことなく惹かれてしまう。彼女は魅力的だ。いったい何がオレを惹きつける?――そんな上司がいるとなんだかうれしくなる。オレはまだ一回しか会っていない。おまけに面会時間は十五分足らず。彼女の服だろうか? あのおっきな色つきメガネ? 頭が良いからだろうか?――それもあるな。オレはきっと頭の良い娘に弱いんだ。それはこのオレの素晴らしく低脳な頭の裏返し。頭の悪い人間は本能的に自分の教師のようなやつを求める。彼女はいったい何をオレに教えてくれるだろう。47 想像もつかない。きっと良いことだ。オレはよろこんで何でも教えてもらうにちがいない。えらくちっちゃな子供のように。彼女の背格好はAっちゃんに似てるな。Aっちゃんもちっちゃかった。

「何を考えてるんだ? オレは!」

 スタンがゼンジを見た。

「どうした、ボス」

 応えられるわけがなかった。オレはどうかしてる――ゼンジは自分の頬が熱くなるのを感じた。いったい何様のつもりだ? 十六か十八の子供ちゃんか?――そして彼の目の前にあるイメージが浮かんだ。それはただ広く広がる平野だった。土でもなければコンクリートでもない。あたりには木どころか草すら見えない。ひたすらと広がる土地――その中に彼は立っていた。空は――空はなかった。無限に広がっていた。吸い込まれるような色をしている。深い深い色をした空間だった。そこは火星だった。ゼンジ独りだけの世界でありながら、そこらじゅうに気配がする。気配はあるイメージを形作りながら消えた。ホログラム――ぼんやりとしたイメージは一瞬その形をくっきり浮かび上がらせる。その姿はAっちゃんとなり、ナディアとなった。そして小さなディアナが現れ、時に居たはずの兄妹が現れ、居たはずの姪や甥の姿、父母の姿となっては消える。マリアも現れた。ネットにはまりこんでいるノリコさんまでもが現れた。そしてまたナディアが現れ、Aっちゃんとなり、ナエコさんが見えた。ゼンジの脳ミソに裸のノリコさんが現れた。彼女は布きれ一枚身につけていない。そしてナディアの肌――感触までもがよみがえる。Aっちゃんとナエコさんの裸までもが現れる――なぜだ?――オレは彼女たちの裸身など拝んだことがないというのに――

 ゼンジの目のやり場は自然とスタナーになった。そしていった、

「スタン、オレはスケベかもしれない」

「なんだいボス『スケベ』とは」

「エッチのことだ」

「その――『エッチ』とはなんですか?」

「へんたいのことだよ」

「『へんたい』とは?」

 ゼンジはため息をついた。スタンに限らず外人はモノ事をはっきりさせるのが好きだ。「めちゃくちゃ女の裸が好きで犯したいってことだよ。オレは今、女とやりたくてしょうがないんだ――きっと」

「ボス、それ変じゃない。みんなそうだ。フィストファックはアメリカ人が作った。女は裸でダンスしてる。ネットセックスは通信販売みたいなものだし、ボンテージも特許みたいなもの。ニッポン人が真似するのもしかたないことだ」

「スタンはフィストファックするのか?」

「しない。けいべつするね」

「オレだってしない」

「でもボス、想像すること悪くない」といってスタナーは笑顔を見せた。

「オレは何も想像しちゃいないさ」ウソだった。

「ボスの顔、赤くなってる。心配ないよ――想像することは無害だし、脳ミソも良くなる」

 ゼンジはスタナーに見透かされている自分に嫌気がさすと、それをまぎらわすように電話をとった。彼はナエコさんのダイアルを回す。相手は出たが言葉を考えていなかったゼンジは時々うなり声のようなわけのわからない言葉を発してしまった。

〈あなたわたしとしたいわけ?〉ナエコさんがいった。

〈そんなことじゃないです――〉ゼンジは赤くなった。

〈そうかしら? 電話に出てみたら何よ――『うー』とか『あー』とか。あなたは完全に電話をかけるところをまちがえてるわね。あとでそれなりのアドレスを教えてあげるわ〉

 電話は切られた。ゼンジは完全にどうかしていた。ぽっかりと空いた一瞬のすきまを埋めつくしたイメージが彼を混乱させたのだ。

「ボス、したいんだな」スタンがいった。

 そう思われてもしようがない、ゼンジはそう考え、気分を切り替えようとするが、脳ミソが指示する――〈完全に非現実でありながら現実ではありえない充実感をもたらしたイメージを再度回想せよ!〉しかし意識が完璧な形の非現実を呼び起こすことはできなかった。意識はただわいざつなだけの裸体を呼び起こす。おびただしい数のあそこやオッパイが彼の頭の中に渦巻いた。これじゃオレはほんとうにただのスケベになっちまう――

 ゼンジが邪念に煩もんしているさなか、端末がメッセージの到着を知らせた。それはこのようなメッセージだった。

〈聖女カフェにようこそ! リアルタイムでモニタごしのあの娘とおしゃべり。その後は――あなた次第! 過激さで評判のプレイガールがあなたを絶頂の海にいざないます。モニタの前でいっちゃ、ダ・メ・よ!〉

【続く】